名作児童書「ワンダー」翻訳家の中井 はるのさんインタビュー「海外の本で自分の世界が広がる」

2013年、『木の葉のホームワーク』の訳で第60回産経児童出版文化賞翻訳作品賞受賞し、話題作『ワンダー』のスピンオフ、『もうひとつのワンダー』の重版出来と 数多くの児童書翻訳を手がける中井はるのさんにインタビュー取材を行いました。

中井はるのを構築した幼少期から現在の翻訳家までのプロセス

学生時代の葛藤と奔走

インタビュアー:中井さんは小さい頃はどういったお子さんでしたか?

中井:すごく引っ込み思案で、友達も少なかったと思います。
父親は台湾国籍で、私が日本国籍を取得するまでは、学校でもいじめみたいなものもあって。
そんなこともあり、わりと家にいて、本を読んだり折り紙を作っていることが多いタイプの女の子でした。

編集部:本をたくさん読まれたことが、翻訳家という職業につながっていますか?

中井:高校までは厳しい女子校に通っていまして、大きくなったら早くお嫁に行きなさいという教育をずっと受けていました。
自分の中では、「ちょっと違うなぁ」っという感覚がずっとありまして、大学はエレベーター式に上がらずに、受験をして外に出ました。
その大学で何のクラブに入ろうかと迷っていたときに、英語のディベートに出会いまして、大会などに出場していくうちに言語を切り替えて日本語に直すという仕事に、すごく興味を持つようになりました。

最初は通訳になろうと思っていたので、通訳の学校を結構はしごしました。
今はお亡くなりになっているのですが、村松増美さんという同時通訳者の方や、今もまだお付き合いのある先生などにお会いして、

「あぁかっこいいなぁ…やりたいなぁ…」

と思いながら勉強を続けました。
でも、そのまますんなり通訳になれたかというとそうではなく、周囲の人がとにかく上手でした。それを見ると自信を無くしてしまって、一度就職をしたんですね。
銀行に勤めることになったんですが、銀行の流れ作業のようなワークフローへの対応につまづき、自分でも不得意なジャンルと自覚しました。
これは真剣に考えなきゃいけないぞ、ということで、その後4年半くらい務めたあとに銀行をやめました。

本当にやりたいことということで、過去に志した通訳の道に再度挑戦すべく、学校に通いました。
そこで1年半くらいかな、通訳の勉強をする傍で、銀行の海外不動産部というところで、アルバイトとして海外の不動産契約書を翻訳したり、実務をこなしていきました。
まだ簡単な文章の翻訳だとか、会議のまとめの翻訳だとかから始めたんです。

その後、子どもを産んでから、海外の絵本を子どもに読んであげるうちに、、海外の翻訳絵本がすごく私の心に響いたというか、面白かったり励まされたり、「こういう笑いの取り方があるのか」って気が付いたんです。
そしてその訳をしてみたいと、強く思うようになりました。
そこからは頑張って書籍の訳を勉強して、出版社に持ち込むの繰り返しで、ようやく実現した形です。

翻訳をする際に気をつけている点とは

中井:気をつけている点…そうですね。
英語の場合は日本語と全く違う文法形態なので、構成も違います
出来る限り自分でも訳しますが、いろんな人のネイティブチェックを受けますし、違う解釈の可能性も探ります。
そうでないと必ず誤訳がおこってしまうので、それを避けるためには自分以外の目で通して見るってことがとても重要だと思っています。そこはを細心の注意を図っていますね。
また、ご本人が言いたい、著者が伝えたい言葉をできる限り再現をすることも心がけています。

それと、文化の違いとかで伝え方がすごく難しいものとかあるんです。
例えばご存知のように、兄弟関係って英語だとすごくあやふやなことが多くて、お兄さんなのか弟なのかわからないことや、あるいは双子でもどっちが上か下かって、日本ではすごく気にするんですけど、英語だとあまり気にしない著者さんもいて。
登場する数字も著者さんの方が実は間違っていて、こちらで出すときに直すといったこともあります。

編集部:『ワンダー』の中でも現代用語といいますか わりと今の子供たちが使っている言葉や表現がたくさんあると思うんですが、その辺りも考慮していますか?

中井:いろんなキャラクターが登場する作品ですし、編集の方からも「人格の違いだとか、言葉遣いの違いを出したい」という要望やアドバイスをいただきました。
口調とか言葉は、かなり気をつけて直しましたね。最初の原稿より随分変わった箇所もあります。

編集部:翻訳をする際の、英語と日本語の量の割合はいかがですか?

中井:数字的なこと言いますと、英文字に対して日本語1.2倍から1.5倍ぐらいになるんです。
なぜかというと、英語の方に文化的な記述があったりすると、どうしても日本語での詳細な説明が必要になってくるので、補足の単語や文章が増えます。
極力入れないようにしているんですが、どうしても必要なときは入れざるを得ない。
私が省略しても、編集者さんから「これはもうちょっと補足を入れた方がいいんじゃないか」と指摘されることもありますし、逆にその補足で誤解を招いたりする場合もあるから省略しよう、となることもあります。

編集部:ワンダーに惹かれたきっかけはなんですか?

中井:ワンダーは見つけたのはたしか、NYタイムズあたりかパブリッシャーズウィークリーの記事だったんですが、顔に傷がある少年の物語という、少しデリケートなコンセプトもあり、それだけでダメと言われてしまって、内容まで吟味してくれる出版社があまりいませんでした。
そのあとで別の案件がらみでほるぷ出版さんが読んでくださり、気に入っていただき決まったという感じです。

編集部:翻訳家を目指している子どもたちにアドバイスをいただけますか?

中井:いま私が言えるのは、すべて私が失敗から学んだことですね。
本を沢山呼んでおいたことがいいのと、できれば海外経験があった方がいいと思います。というのは文化的なことなど、実際に住んでみないとわからないことがたくさんあるんです。
例えば商品の名前がいきなり本の中で出てきて、一般的な名前過ぎると「なんだろう?」となるんですね。実際は現地では有名な商品名なんですけど。
そういうことにもすぐに気が付くことができるし、海外で使われているようなニュアンスも図りやすいと思います。
あとは、翻訳家になりたいという思いがあるのであれば、一度出版社に就職するのもいいですね。本の仕組みは必ず学んでおいたほうが良いと思います。
翻訳者というのは、本の奥付に名前もクレジットしてもらえて光栄なんですが、現実的な話、印税だけで暮らすというのはとても大変なことでもあるので、覚悟だけはしておいた方がいいと思います(笑)

編集部:読書が嫌いなお子さんが、本に興味を持つようなアドバイスがあれば教えていただけますか?

中井:親が本好きというのは、お子さんに大きく影響すると思います。
できれば親子で楽しめる本を探してみてはどうでしょうか。
書店のスタッフさんは、詳しい方々が多いので、「こんな感じで子供を笑わせたいんですけど、どんな本がありますか?」と相談してみるといいと思います。

その後について

編集部:本は子どもの学びや心の育成につながることが多いと思います。

中井:本はいろんな国のおはなしが読めます。しかも自分の家で読める。いろんな文化を知ることができて、いろんな考え方ができて、日本だけじゃない世界を知ることができるということが、一番大きいんじゃないかなと自分は思っています。
日本の物語ももちろん素晴らしいし、それとはまた別として、外の世界で何が起きているかだとか、どんな考え方があるのかだとか、海外の本から得るものはすごく大きいと思います。
より多くの子どもたちが、海外の本を好きになってくれれば、翻訳家としてとても嬉しく思います。

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